がんばらにゃ 2020年1月号
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食にまつわるちょっとした疑問について科学ライターの松永和紀さんがわかりやすくお伝えします。PROFILE食品の安全性や環境影響等を取材している科学ライター。京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。農林水産省農林水産技術会議委員、消費者委員会食品表示部会委員などを務めている。新刊は「効かない健康食品 危ない自然・天然」(光文社新書)。松永 和紀さんVol.45 新しい品種改良の技術が用いられた「ゲノム編集食品」では、販売する際の容器包装への表示をどうするのか?遺伝子組換え食品は表示が義務化されているため、ゲノム編集食品でも要望する声が強く出ましたが結局、義務化は見送られました。なぜなのか、理由を解説しましょう。ゲノム編集食品表示は義務化されず 表示制度は、消費者がさまざまな食品を区別する際の重要な手がかりです。一般に、安全性に関する表示項目(消費期限や保存方法、アレルギーなど)と消費者の自主的かつ合理的な選択に役立つ項目(原材料名、内容量、栄養成分など)に分けられます。 遺伝子組換え食品は、内閣府食品安全委員会の安全性評価を経て従来の食品と同等に安全、と認められたものだけが流通しています。しかし、選びたい消費者のために、表示が義務化されています。新しい遺伝子が外から導入されているので、分析時にその遺伝子があるのかないのか、区別できます。そのため、食品を製造販売する事業者も取り締まる行政も、分析を基に科学的に判断できます。 実用化が進むゲノム編集食品も、安全性 不安な消費者としては、区別して販売してほしいところかもしれません。しかし、食品表示は、加工し包装する末端の事業者が行うもので、違反すると彼らが責任を問われます。彼らも、用いている原材料がゲノム編集食品かどうか科学的に区別する手段がなく、農家や原材料メーカー、卸売業者などの言い分を信用するしかありません。書類でゲノム編集であるのかないのかを保証するやり方では、途中で違う食品を混ぜられたり書類が偽装は従来食品と同等で、安全性を区別するための表示は必要ない、という点では遺伝子組換え食品と同じ。ただし、ゲノム編集食品は、新しい遺伝子が入れられておらず、自然の突然変異や従来の品種改良と差異がありません。遺伝子組換え食品のような科学的な識別ができないのです。自主的な表示はできるがコスト上がる恐れも従来からある食品と科学的な区別ができないされたり、ウソが横行する可能性もあります。そのウソにより、容器包装に表示する末端の事業者が違反に問われたら、あまりにもかわいそうです。 また、そのような不正を取り締まる側の行政にも、表示と実際が異なる、と証明したり、どの程度混ぜられたのか、などを科学的に確認する方法がありません。こうしたことから、表示を義務化して表示する事業者すべてに責任を課すのは困難、という結論に至りました。 ただし、事業者が自主的に原材料や取引記録の管理などを厳重に行い、「ゲノム編集である」とか「ゲノム編集でない」というような表示を任意で行うのは可能です。 消費者庁は、ゲノム編集食品を販売する際には、自主的に積極的に消費者に情報提供するように、と求めています。ただし、原材料や取引記録などの管理を厳重に行うとコストは上がり、商品価格に響いてくるかもしれません。それを望むのかどうか、消費者も考えなければならないでしょう。ゲノム編集食品と遺伝子組換え食品の違い狙った遺伝子を変える同等のものを、より効率良く作れる残さない任意ゲノム編集食品遺伝子組換え食品方法従来の品種改良と比較して最終的な食品に外来遺伝子を表示新しい遺伝子を外から導入する従来の品種改良ではできないものを作れる残す義務化ゲノム編集食品の中には、ゲノム編集した後に新たな遺伝子や特定の塩基配列を挿入するタイプもあるが、まだ実用化されていない。また、そのタイプは遺伝子組換え食品と同じ安全性審査が行われ、遺伝子組換え食品として表示されることが決まっている。2020.1月号4
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